嫁に来ないか

ミニコミ雑誌「嫁に来ないか」の編集長のブログです。2015年おはぎ号(無料!) noteにて発売中!

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雨の中、ミシンの講習会へ。購入したミシンを持っていかずとも、お店にある同じミシンで使い方を無料で教えてくれるのだ。

講習は、同じ時間に2名まで。席向かいの奥さんは、チョッキを作っていた。
講師の女性が、では、と、丁半のサイコロよろしくボビンを掲げる。
はい、と私も右手にペン、左手にメモ帳を携え肩を怒らせ応える。

「まずは、ボビンに、糸をセットします」
ああ、ボビン。なつかしい響き!中学の家庭科で、どうしても覚えられなかったボビンの糸のセット。講師は丁寧に、糸を穴から通します、くるくると巻き付けます、セットをして、右にバーを倒します、と、適切な速度で教えてくれている。だのに私の苦手意識がかたくなに脳にそれを焼き付けまいとガードする。教わったことが脳の表面からつるつる滑り降りてなにも染み入っていかない。
サラリとボビンの糸巻きは終ってしまったので私ももう一度と言いだせず、糸をまきつけたボビンをミシン針の下にセットすることだけかろうじてやることになったのだが、緊張のあまり、ボビンを床に落として転がしてしまう。

続いて、ミシンに上糸を通す。
上糸、とは、いわゆるミシンの針にとりつける糸のことで、私は上糸と、さきほどセットしたボビンから出る下糸が、どのような仕組みになって布を縫い上げていくのかわかっていない。

上糸の通し方も、いつもよくわからずにやっていた。家庭科でも、偶然できたか、人にやってもらっていたかのどちらかだ。
このミシンには(もしかしたら今流通している家庭用は全てそうなのかもわからないが)、糸の通し方が番号順に、直接ミシンに描かれている。この通りにやれば大丈夫ですから、と、言われはするが、やはり、間違えてしまう。ここまで親切に設計しているのにまだできないとは、と、ジャノメの人が見ていたら腕組みをして頭を抱えてしまうだろう。それにしてもなぜだろう。どちらかというと、私は機械には強い方なのだ。なぜ、こんなにも失敗してしまうのだ?なぜ、こんなにも覚えられないのだろう?

糸も通り、足踏みペダルの使い方を教わり(私はここでもペダルを逆に踏むという失敗をした)、ミシンのステッチの種類と役割をひとつひとつ丁寧に説明、実演してもらい、体験させてもらいながら、足踏みペダルのせいもあって、私はぼんやり、3年前の、自動車の教習所での路上運転を思い出していた。はじめて路上に出たとき、なんてファジーなんだろうと思った。緊張はしたが、むしろ教習所内を走るよりも楽に感じた。免許証をもらって家の車を運転しはじめ慣れてきた頃、ハンドルをにぎりながらふと、このまま行きたいところに行ってみようかと頭によぎったとき、あまりの自由さにふわっとした。はじめての一人暮らしのときも、全部自分の時間かと思った瞬間、ふわっとした。それと似た感覚が蘇りつつある。自由とは、誰の採点も感想も待たずに物事を遂行することだ。娘のものを全て縫い終わり、そうだあれを作ろうなんて思いたってミシンを踏み出す瞬間がきたら、私にまたあの、ふわっとした感覚がおこるのだろうか。

向かいの奥さんがチョッキを縫い上げて、店内に拍手がわき起こる。ちょっと着てみて、上気した顔で、後ろの加減を鏡で見ている。前回よりうんと良く出来た、ええそう思います。前を向いたり後ろを見たりしている人らを、TVを眺める顔をして私は見ていた。

私の操作がいいんだか悪いんだかわからないまま(そもそもそういう評価の出る講習ではない)、1時間みっちり教えてもらって、講習は終った。
講師は最後に「きっと楽しくなりますよ」と言った。はい、と素直に返事をした。

その足で、手芸屋に走った。持参していた幼稚園グッズ制作の指南書の「必要な道具」に載っている道具を片っ端からカゴに入れていった。私はやる。今日からやるぞ。鼻息荒く、レジに向かうも、信じられない行列が出来ており、並んでいるうちに保育園の迎えの時間になってしまったので、カゴごとそっと返して、お迎えへと走った。

結局今日も、ミシンの箱は開けずに終った。