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嫁に来ないか

ミニコミ雑誌「嫁に来ないか」の編集長のブログです。2015年おはぎ号(無料!) noteにて発売中!

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エプロンに肩ひもを取り付ける。
背中でクロスさせて、かぶるように着られるタイプのエプロンだ。
娘に着させて、待ち針でボタンの位置を取る。
紐は長めで、成長したらまた別のところにボタンホールを作るような作りになっている。

ボタンホールは全部で4つ作る。肩ひもに2つ。本体に2つ。
ああ、緊張のボタンホール作り。
まずは本体に2つ並んだボタンホール作りから。
買ってきたボタンを金具にセットし、試し縫いをする。ちゃんとホールになったのを確認し、大きく深呼吸をして、いざ。二つ並んだボタンホールは、少し水平位置がずれたが、とりあえず糸でホール部分が作られた。待ち針をストッパーにして、リッパーで、ボタンホールの中を切り裂いて…。
「アアアアアアアア!!!!!!!!」私の叫び声で、娘が飛んできた。「どうしたの、ママ!?」私はエプロンを握りしめて俯いた。リッパーが、待ち針を突き抜けて、ボタンホールを裂いてしまった。リッパーが、というか、私の手が。なんのための待ち針だったのか。私はガードレールを思う。いくら守ったところで、勢いがすぎればそれも吹っ飛ぶ。私のリッパー使いはフェラーリ級。大分自分の不器用さにも慣れてきた頃合いだったが、さすがに凹む。自分への怒りがおさまるのを、お茶を飲んで待った。そして、私の頭の中は、ふいに、中学一年の家庭科の授業に飛んだ。

家庭科の裁縫で、はじめて作ったのは、エプロンだった。はじめてのミシン。わくわくしていた。
まっ黄色の分厚い布が全員に手渡された。私はポケット部分に音符の刺繍をあしらおうと思いついたが、黒い糸をただ長く渡してみて、思っていたのとかなりちがうと消沈した。ミシン針を二度ほど折ってなんとか出来上がったいびつななにかを、私はクローゼットの上段にぐちゃぐちゃに押し込めた。あんなに時間をかけて、こんなにも愛せない、価値のないものを作り上げるなんて。なんて無駄なんだろう。自分には裁縫の才能がないのだとはっきり知った。

ところが裁縫だけではない。
勉強も全然出来ない。とにかく暗記という暗記ができない。授業を聞いていてもすぐになにか別のことを考えてしまって気がつくと全然わからないことになっている。運動だってできない。演劇しかやれない。だったのに、それももう、気がつけば、なくなってしまった。いつのまにか。なくなってしまったのだろうか。わからない。

縫い針に糸を通す。ボタンを取り付けるのは、何年ぶりだろう。ボタンつけの、最後、糸を根元にぐるぐると巻き付けるのが、少し好きだ。昔から。なぜだかはわからない。手を動かしていると、次から次へ、普段はしまいこんである記憶が浮かび上がってくる。

私はもう少し、自分のことを好きになりたいんだな。
糸切りばさみでチョキンとやりながら、しんしんと思った。生活コンプレックスをひとつひとつ克服しようとしているのは、私が、自分のことがぜんぜん好きじゃなくて、歳を取って来て、このまま、ぜんぜん自分が好きじゃなく死んでいくのは、かなしいな、と思うようになってきたからなんだな、と、ボタンの根元に糸をぐるぐるやりながら思い至った。

出来上がったエプロンを、テーブルにひろげてみる。あとは、肩ひもがクロスした部分に、ヘリンボーンテープとやらを取り付けるだけだ。自分が作り上げたものは、いつもあまり関心が持てなかった。翌日にはもう真正面から見たくないようなものばかりだった。でも、このエプロンはかわいいと思う。少しいびつだけど。サイズが小さいからだろうか。
娘を呼び寄せ、着てみて着てみて、と渡す。娘はなかなか着たがらない。イライラしながらなぜ着ないのか尋ねると、「じょうずに着られなかったらどうしよう〜」とクネクネしている。上手にもなにもないから、とにかく上からかぶれば着れるしもう縫い付けてあるからそっと着なくてもいいから。せかしながら、なんとか着てもらう。着れた。かわいい。かわいいよ!どう?どうかな?鏡、見に行ってごらんよ! 興奮し、ソワソワ促す私の両足に、突如娘はぎゅうと抱きつき、ひとこと、「だいすき」と言った。